vol.88 捨て茅 (のべ茅)

 茅葺きの現場はあまり数字で表せないことが多い。角度、長さなど、建築業界ではキッチリとすべき部分が、茅葺きではそのつどの"按配(あんばい)"で決まることが多いからだ。

 茅葺きの難しくも面白い点ではあるのだが、「ペラっとでいい」「シュッとしたやつを使え」など、アバウトな指示がどの程度のことを示しているのか、感覚的に覚えるのがなかなか大変だ。

 

 職人見習いになって間もない頃、かなり衝撃的だったのが、全国的には"のべ茅"と表現されることの多い、茅の使い方だ。美山では"捨て茅"、"捨てを入れる"、などと表現される。

 難しく言えば、『葺き茅の勾配調整のために事前に仕込んでおく茅』のことであるが、イメージしやすく言えば、これから並べようとする茅のために、事前に枕を置いておいてあげるようなものだ。これにより、並べた茅の頭(=穂先側)がグイと手前に起き上がる形になる・・・つまり、茅がしなる。茅はしならせることで、固く抜けにくい屋根となる。

 捨て茅を、どこの位置に、どの程度入れたらよいのか。それとも全く入れなくてよいのか。この判断には、ある程度の経験がいる。

 

 この用途に使用される茅は、完成したら見えない、屋根の内部に位置することになる。直接的には、屋根面の耐久性や見栄えに影響しない。だから、その現場において、使い道のないどうでもいい茅が使用される。使いにくい曲がりくねった茅であったり、苔むした古い屋根から解体した古茅を、捨て茅として再利用することなどが多い。

 手元でさばいた古い茅を、ドバっと投げるかのように上の方に敷く。精密な作業を要する葺き茅に比べ、捨て茅の敷き方はあまりにもザっとしていて呆気にとられたものだった。なのに、同じようにやってみても、多過ぎるとかもっと入れろとか言われる。右から左へ、寸分違わぬ量を入れれば良いというものではない。どんな枕が今必要か。その完成形がイメージ出来ないと、捨て茅の入れ具合は分からないのだ。

 

 今回の現場では、捨ては多めに入れている。なぜ、と聞かれてもうまく答えられない。格好つけるようだが、「そうした方がいいように思う」からだとしか言えない。上の方には、先日近所の屋根から降ろしたスス茅のうちの、葺き茅にふさわしくないものを。その手前には、古屋根からめくった短くなった古茅を。2段構えで捨てを入れている。

 それをコーティングするように葺いた茅の面がバチっと固まると、大成功ということになるし、茅が流れる(バサバサふわふわになる)と、捨てが足りなかったか?…という具合だ。

 

 この屋根の茅を解体した際には、捨てはほとんど入っていなかった。20数年前に葺いたであろう先輩職人さんと、今の自分と、どちらの判断が正解だろうか? ところがこれも、使う茅や工法によってケースバイケースなので、一概にどちらが正しいなどと言えない。やっぱり茅葺きは奥が深い。