vol.108 レベルアップの瞬間

  大きな屋根の、ハサミによる刈り込み仕上げ工程。数日も続くと肩や首の凝り、腕や握力の疲労が激しい。そして、休憩時間ごとに欠かせないのがハサミ研ぎ。素早くかつ楽に作業するには、当然ながらハサミの切れ味が大事。

 ハサミ研ぎは正直苦手。茅葺き職人になって10年近く、砥石も数回使い潰すまで研いできたが、研ぎ方を習得したという実感が全く持てない。辛抱強く、極上の切れ味になるまで研いだつもりが全然切れなかったり、意気揚々使い始めたら直後にノコギリ状に刃こぼれしていたり…ということばかり。(しかも今の季節は雪景色の中での刃研ぎ。冷たさで指が千切れそうになる…)

 いろいろ試す中で近頃は特に、この"すぐに刃こぼれ"現象が目立った。自分の屋根仕上げ用のハサミは、大きめでアール(曲線)がついており、しかも上に反り上がっているため、真っすぐなハサミより研ぐのに手間がかかる。それが、使うたびにノコギリ状になってしまう。荒砥(刃こぼれを消すための粗目の砥石)ばかりが急速に減っていく始末。

 ……悪いのはハサミか?使い方か?研ぎ方か?

 

 先輩職人に悩みをぶつけてみると、あっさりと即答で"研ぎ方"だった。研いでいるところを見てもらったわけでもないのに。実はだいぶ昔、自分の親方に同じ質問を投げかけた時も同じ答えだった。その理由も一緒だった。

 何も難しいことではなく、常識なのだろうか。これまでもその点を意識して研いできたつもりではあったが、程度を強めてみることにした。

 

 ・・・ウソみたいに、刃こぼれしなくなった。それどころか、切れ味が落ちるまでの時間が長くなった。休憩ごとにメンテンナンス感覚でちょっと研げば、リフレッシュ可能になった。ガタガタに刃こぼれするたびに、30~40分かけて直していたのは何だったのかと思うような違い。

 ずっと疑問だった。自分の方が小まめに研いでいるのに、親方や先輩との切れ味キープの差は何なのか。こんな紙一重の加減が、長年の大きな壁だったとは!

 教科書的に研ぎ方を教わった職人は、初めから習得出来ていることなのかも知れない。見様見真似に近かった自分は、そこに至るのに10年近くかかってしまったわけだ。

 けれど、埋まらない差をせめて努力と根性でカバーしようと長年しがみついてきたところへ、技術が追い付いてきたことは大きい。自分にとっては、飛躍的なレベルアップだ。

 屋根をしばらく刈って、刃こぼれしていないハサミにニヤニヤ。休憩時に少し研いで、切れ味を取り戻すハサミにニヤニヤ。不得手を得手にひっくり返せた瞬間は心地いい。屋根の刈り込みもどちらかと言えば不得手だったが、ハサミが味方となれば怖くはない。