vol.97 茅葺きの教科書

 主として親方から弟子へ、技術が継承されていくのが職人の世界。それはそれで間違いないのだが、学校のようなカリキュラムがあるわけでもなく、まして毎日毎分が"ケースバイケース"に向き合わねばならない茅葺きの世界。方程式を教えてもらえれば全てが解ける、というわけにはいかない。

 少し格好つけた表現をするならば、"答えは教えてもらえる"が、"解き方は教えてもらえない"という感じだろうか。正確には、ケースバイケースなので教えようがない、ということ。理想的な葺き方(=答え)に至るまでの手段は、そのつど自分で判断せねばならない。

 

 当然ながら、場数…つまりは経験値を積まねば、感覚的に判断することが出来ない。理論でなく、"こうなってないと気持ちが悪い"というくらいの感覚が体に馴染んでくる必要がある。それさえあれば、手順は自ずと決まってくる。

 そしてこれも当然ながら、場数だけでなく、"参考資料"が必要になってくる。親方、先輩、同僚、がどのように葺いたか、結果どうであったか。これに勝る身近で直接的な資料はない。

 なのに、なかなか現場ではそうもいかない。のんびり他者がどうやっているか、そばで眺めているような暇はない。そもそも、茅葺きで難関となるのはたいてい角の葺き方だ。自分が角の葺き方で悩んでいる時、参考にしたい先輩は反対の角にいることになる。盗み見ることも難しい。開き直って1回じっくり見せてくれと言えないわけじゃない。しかしここで"ケースバイケース"の問題に立ち戻る。じゃあこういう場合はどうするんだ…と気にし出したら、1回では済まないのだ。

 

 そこで職人が口を揃えて言うのが、屋根の解体時は資料の宝庫、ということ。古い屋根から茅をめくる時、そこはいわば数十年前の職人の技術のタイムカプセルとなっている。腐朽していてはっきりしないことが多いが、先輩職人の技術を好きなように分解して調査出来るのはこの時しかない。どうしてこんなに長持ちしたのか。どうしてこんなに早く傷んだのか。こんな方法があったとは!…こんなやり方で十数年大丈夫だったわけか!?・・・等々、発見は多い。

 

 じっくり検証したいと思いつつも、解体もまたスピーディーに行なってしまうことが多いが…。それより、思えば自分が葺いた屋根もいつかは誰かが解体することになる。現場ではついつい焦ってスピードを優先しがち。いつの日か、"前回葺いた職人、手間かかったろうけど丁寧ないい仕事してるな…"と思ってもらえるような、そんな仕事が出来る技術と懐の深さが欲しい。