vol.91 空模様

 強烈な暑さの続く毎日。「今日も暑くなるみたいやし、休憩しもってやって下さい。」「もう夕方やさかい、早うしまって下さい。」・・・朝晩、お施主さんが掛けて下さる声があたたかい。屋根の工事そのものには口を出さず、一服用の飲み物だけ用意してあとは1日の工程を任せて下さる、職人にとってはとてもやりやすく、ありがたい。おかげで、こちらは自分のペースで作業に集中出来る。

 けれど時々、お施主さんが不意に足場の下から声を掛けてくる時がある。

 「…金谷さん、雨降るかも知れんねぇ。」

 観天望気(かんてんぼうき)。自然の諸条件から天気の流れを予測すること。農村部のご年配の方はさすが、このスキルが高い。今回の現場のお施主さんは特にすごい。今のところ、概ねはずれたことがない。

 こちらとて屋根屋である。天気のことには敏感だ。天気予報は随時チェックするし、その現場のどの方角から雨雲がやってくるかくらい、最初に検討をつけておく。しかし、その土地で長く生きてきて培った経験には敵わない。

 

 先日は特に感心した。いつも雨雲がやってくる方位とは逆の方向から、ゴロゴロと雷鳴が聞こえ始めた。次第に近くの山に落雷しているのが視認出来るようになり、急に風が強くなり始め、遠くの山の景色が霞み始めた。…間違いない、あの辺りは今頃もう土砂降りだ。

 案の定、と言っては失礼かも知れないが、お施主さんが足場の下に現れた。すでに屋根にシートはかけた。もう備えは万全、と思っていたら、「ゴロゴロ言うとるけど、あっちの谷からこっちへは来うへんさかい、大丈夫ですやろ。」

 …いやいや。すでに強風で屋根のシートがバサバサ煽られ始めている。ゲリラ豪雨特有のパターンだ。ケイタイの天気予報で雨雲レーダーを見ると、真っ赤ゾーンのど真ん中。予想降水量20数ミリ。あぶね~と思いつつ足場の下に避難していると、パラパラと降り始める雨。ほら降ったやないかい、と心の中で思っていたら、ものの数分でやんでしまった。そして、隣山は相変わらずゴロゴロとなって霞んでいるのに、現場の空は晴れている。そのまま、夕方まで過ぎていった。

 用心を選んだ自分の判断に後悔はない。しかし、あの様子から大して降らないことを予想出来たお施主さんはすごい。車で5分もいけば、おそらく土砂降りだったのだ。

 

 天気の攻略も、いわば屋根屋の技術のひとつ。スマホはじめ現代の便利なツールに頼り切ってしまうより、こういった感覚的なスキルをもっとじっくり養いたいな…と思う。