vol.62 傷口の縫合

 今回の腐朽箇所は、骨組みまで露出してしまうほどのひどいもの…ではあったが、修繕するとなればむしろこの方が触りやすい。自分がやりやすいように、新たに小さく葺き直せばいいからだ。わずかに残っている薄い屋根を何とかしようという方が難しい。

 

 糸と針で、茅を縫い止めていくのが茅葺き。裂けたような傷口を、新しい茅で埋めて塞いでいく。

 茅葺き職人は建設業だ、いや芸術職だ…などと言われることもあるが、こんな作業の時は特に、医者の気分になる。傷を見定めて、外科的な処置を施す。再発防止を気に掛ける。時には、お施主さんの希望に対して、残念ながら手遅れです…という返事しか出来ない時もある。

 ただし茅葺きは物を言わない。人を相手に施術する本物のお医者さんは、大変な神経をつかうのだろうと今更思う。

 

 茅葺きが物言う存在であったら、職人はさぞ大変だろう。ついでにここも診てくれ、コケが痒くてたまらないから落としてくれ、この傷痕をもっと目立たないようにしてくれ…等々。いや、それはそれで面白いのかも知れない。屋根ごとに個性もあろう。目立ちたがりな屋根、独りぼっちな屋根、話好きな屋根…。

 

 しょうもないことを考えながら、手は作業を続けている。それで済むのだから、やはり茅葺き職人の方がいい。