vol.19 まっくろくろすけ

 囲炉裏やおくどさん(かまど)が、現役で使用されている茅葺き。いかにもな古民家であるが、つまりは屋内が幾年にも渡り、"スモーク"されているということ。これは茅葺きにとって、どういうことか。

 スモーク…燻製といえば、誰もが挙げるイメージとして、香りと味が良くなる、保存がきくようになる、といったところだろう。

 

 保存性が増す点については、茅葺き屋根も同様である。

 今日において、諸条件を抜きにした茅葺き屋根の寿命は、おおむね20年ほどと言われる。しかし昔は30~40年と言われたらしい。なぜこれほど茅葺きの寿命が低下したのか。気候の変化、素材の変化もあろうが、"暮らしの変化"による要因は無視出来ない。

 

 茅葺き屋根はその寿命への影響について言えば、乾燥に強く、湿気に弱い。

 昔は、囲炉裏やおくどさんから上がる煙が、内側から茅葺き屋根を乾燥させ、茅にスモーキーなコーティングを施した。茅にとってはいい状態である。その一方、風呂やトイレといった水回りは、それ用の離れがあった。現在の美山町にも、そういった形式の家はたくさん残っている。つまり昔の茅葺きの室内は、煙は上がるが、湯気はあまり上がらない、という条件だった。

 現在は真逆である。屋内で煙など上げる家はごく少ない。そして、浴室やトイレは当然居住空間内に存在する。茅が燻されて耐久性を増していく時代ではなくなった。

 

 写真の左側が、囲炉裏がある現場の、吹き抜け上の茅である。右は同じ家の、天井が貼ってある場所の茅。スモークされた左の茅は真っ黒である。知る人ぞ知る高級資材"煤竹(すすだけ)"も、こうして長年かけて生成される。真っ黒に燻された茅は、現在においては貴重品とさえ言えるものである。

 

 ただ、ここまではあくまでも客観的な事実についての話。

 写真では伝わりにくいが、この真っ黒な茅は、本当に"煤(スス)だらけ"であり、ちょっと揺らせば、ボフッと黒い埃ともモヤとも言えぬものを大量に放つ。屋根裏の床も、下地も、全て真っ黒。どこに触れても、真っ黒になる。

 現代に生きる今時の職人としては、なかなか耐え難い。燻された茅屋根を解体する一日は、煤(スス)との闘いである。また、燻されている屋根の内部に、針受けのために入ってもらう手元(てもと)も悲惨である。屋根裏を這いつくばって進まねばならないような家もある。その屋根裏が、真っ黒に煤けていたら…それが汗だくの真夏だったら…。針受けが済んで屋根裏から出てきた手元の目に、怨念を感じずにいられない。

 

 今取り掛かっている現場は、昔の暮らしぶりの再現新築の建て物。イベント的ではあるが、結果的に毎日のように燻されていたようだ。めくった茅はほぼ真っ黒。

 一日がかりで解体を済ませ、下へ降りる最中、下で古茅を処理してくれていた、手元で来て下さっているおっちゃんが私の顔を見てニヤリと一言。「金谷さん、いい顔になってますよ。」…真っ黒ですよ、という意味である。

 笑顔で応えつつ、あなたも鏡をご覧なさい、と心の中で返答しながら足場を降りた。