vol.149 ずり落ちた屋根

 昨年から、とりあえずシートで屋根を保護した状態で待って頂いていたお家。茅葺きの軒先が、水が満ちて今にも割れそうな水風船のように、下地から大きく垂れ下がって落ちかけていた。雪の重みがトドメになってしまってはマズいと、工事までは雪が滑るようにシートを張ってやり過ごしていた。
 地上から葺き降ろしの軒下地を見上げると、桁(けた)の上で折れた垂木がブラブラとかろうじて吊り下がっている。お施主さんも、バキッと垂木が折れたらしい音を聞いたことがあるという。いつの時点でか分からないが、補強であろう新しい垂木が添えてある。
 もともと腐朽しかけていた下地が雪の重みなどで完全に折れてしまい、軒全体がだれてしまったか・・・と思っていた、が。

 

 いよいよ工事を始めてみると、このように軒が垂れ下がってしまった原因は、いろいろな要因が複合的に絡んでいると見えた。

 まずは軒がずり下がったゾーンのみの葺き替えからスタートだが、屋根を解体してみると、以前にもどうやら全く同じ部分のみの工事が行われているらしく、茅を押さえる竹(押し鉾)がある一定の縦ラインで途切れていた。

 そしてこのゾーンだけ、押し鉾を縫う縄が、垂木ではなく主に横竹(えつり)に回されていた。

 一通り解体を終えると、屋根下地があらわになる。新しく足されている補強の垂木は丈夫なものだったが、よく見ると上の方で横竹(えつり)にくくられているだけだった。

 以上を考え合わせると、大体の予想がつく。これはおそらく、起こるべくして起こった事態。以下は、長年の間にこの場所で起こったことの予想。

 

 このゾーンは北面寄りの上に大木が近くにあり、日当たりが極端に悪い。局所的に屋根が傷んで、いつの頃か、屋根の内部まで水がしみて、骨組みを腐朽させてしまった。

 次に、極端に傷んだこの部分だけ葺き替えることがあった。その時の職人さんはおそらく、押し鉾の縄を、主に横竹ばかりに回して葺いた。

 下地が腐朽している部分に新しい屋根を葺いたから、やがて重みに耐えかねて垂木が折れた。その応急的な処置として、折れた垂木に新しい垂木が添えられた。しかしおそらく屋根裏から添え足し、横竹に縄でくくるのみだったのだろう。

 そして徐々に、軒がずり下がり始めた。

 屋根の下地は、内側から1.さす(合掌) → 2.やなか(もや) → 3.れん(垂木) → 4.横竹(えつり) の縦、横、縦、横の順で支えられている。全て"載せる"、"支える"の関係だ。

 ところが補強で新しく入れられた垂木は、やなかや桁に緊結されていない。横竹にくくられているのみ。これは横竹を支えているのではなく、下から横竹にぶら下がっているのである。

 そして茅屋根は、押し鉾によって"横竹に緊結"されている。横竹にはせいぜい新しい垂木がぶら下がっているだけ。あとは徐々に、重さに負けて横竹の縄も切れ始め、屋根はずり落ちていったのだ。

 唯一ちゃんと添えられた上でしっかり固定されていた角の補強の垂木は、途中でへし折れていた。お施主さんが聞いた音とは、おそらくこれが折れた音だろう。例えて言うなら、5人掛かりで神輿を担いでいるのに、実はそのうち4人は担ぐのではなくぶら下がっていました、というわけだ。真面目に担いだ一人は肩を壊し、神輿は落下したのだ。

 

 応急的な処置だとしても、補強の垂木を横竹にくくるだけというのはまずかったろう。せめて折れた垂木にぴったりと沿わせて、番線で一体化させるなどすべきだった。

 そして屋根を葺く時、横竹のみに縄を回して上がっていくのもリスクがある。地方や流儀によるので一概に言えないが、横竹はそれほど強くないし、負荷がかかれば下方向にずれていく。垂木に縄を回すより楽で良いのだが、あくまで補助的な扱いに留めるべきだ。

 

 屋根の解体が一番勉強になる、とよく言われるが、今回に関しては悪い例の宝庫。だけれど、極めて貴重な資料。たぶん平気だろう、という気持ちでやり過ごしてきた場面は、自分とて決して少なくない。数年後に何かが起きていても不思議ではないかも知れない。

 手を抜いたことをすれば、こういうことにもなり得る。あなたが葺いた屋根は、大丈夫ですか?と問われているような気分だった。