vol.145 一周回って、基本に戻る

  謙遜ではなく、なんで自分はこんなに下手くそなんだろ、とため息をつきたくなる時がしょっちゅうある。もちろん、茅葺きに関してだ。なんだこのバサバサの屋根、抜けそうな茅、いったい何年やってんだ…と。

 正直、茅屋根を葺くことが以前より怖くなった気がする。技術はともかく、経験とは積み重なっていくものだ。その意味で、後退は有り得ない。成功も失敗も、血肉となるものはどんどん蓄積されていくのだ。

 しかしながら、独立した職人として自分のお客さんを相手に仕事をするようになると、現場に対する緊張感が変化する。お施主さんから向けられる叱責も信頼も、全てが自分の責任感を刺激する。一方で、経営者としての能率的な戦略も求められる。

 手は抜けない。だが、時間も茅も余裕はない。最善策はどこにあるか?

 考えて、考えて、今までやったことのなかった取り組みに挑んでみる。そのうち調子に乗ってイケイケになるが、次の現場で冷静になると、いやあの方法はちょっとやめとこう、となったりする。

 いろんなことを繰り返し試しているうちに、何が正しいか分からなくなる。勤め人として、言われたことを淡々とやっていた頃には迷わなかったことに迷って、頭を抱えている自分に気付く。

 前職の頃からそうだが、"迷い"、"自信が持てない"というのは、たぶん自分の宿命と言うか、生涯向き合うテーマなのだろうな…。

 

 見習いの頃、毎日の仕事内容をメモしていたノートが8冊くらいある。現場を任されるようになってそんな余裕もなくなったが、眠たい目をこすりながら、それでも今日教わったことを取りこぼすまいと必死で書き残した、懐かしい日々の記録だ。

 現場を任されるようになってしばらくして気が付いたら、そのノートの内容は、別段見るまでもない、というものになっていた。頭と体が覚えたのだろう。

 しかし、今になって迷いが生じた時に見返すと、新たな発見というか、興味深い部分がたくさんある。おそらく、自分なりの考えや工夫が長年積み重なった結果、いつの間にか軌道が大きくずれて、基本を踏み外していた部分があるのだろう。

 中には、我流から派生して定着した基本もあると思っている。全てが間違いなわけはない。少なくとも遠回りはあっても、無駄はあるまい。

 けれどやっぱり基本が大事だ。いや、道を外れたから初めてそれに気付けたのか?じゃあ何をどうするのが一番の近道だったのだろう?

 あぁ、ほらまた悩んどるやないか!・・・たぶん一生行ったり来たり。だからこそ、たどたどしい茅葺き用語で綴られたあの頃のノートは、おかえりと言ってくれる貴重な存在に思える。