vol.143 山中での格闘

 遡ることひと月ほど前。

 美山の茅葺きのてっぺんに載せるユキワリ。その素材となるヒノキを掘り倒しに山へ。雨で屋根が葺けない日のためにとってあるプログラムのひとつだ。出番が来るのは当分先だが、早めに倒しておけば、枝葉から少しでも水分が抜けて軽くなることが期待出来る。

 伐り倒すなら、慣れた人なら一瞬だろう。けれど、根っこを利用しようと思ったら"掘り倒す"必要がある。これはなかなかに根気とコツのいる作業。30~40分で倒せるか、3時間経っても倒れないか。掘ってみないと分からない根っこの当たりはずれもあるから、一筋縄ではいかない。

 それでも、この作業は弟弟子たちに比べたら得意な作業だった。後輩がふたり掛かりで苦労している横で、別の1本をひとりで早々に倒してすまし顔でいたりしたものだ。

 ところが今回、初めてヘマをした。

 手強い、しぶとい根っこだった。掘れども掘れども下がある。疲労困憊でようやく倒せるぞとなった時、やってしまった。隣のヒノキに真正面から引っ掛かってしまった。あ~あ、と思いながらロープを引いて、ヒノキが自重で倒れるよう誘導しようとする。しかし、何回試しても倒れてくれない。

 「あ~あ」が、「…へ?」「嘘だろ?」に変わってくる。すでに限界に近いと思われる体力と精神力を振り絞って死力を尽くすも、倒せない。

 雨の降りしきる山中である。もうや~めた!と叫びたい。が、いくら何でも木を倒しかけた状態で知らんぷりは出来ない。ここまでの苦労も無駄にしたくない。

 ありとあらゆる手段を試し、ようやく倒すことに成功。どろどろの状態で帰宅し、シャワーを浴びて布団に寝っ転がる(まだ15時くらいだったが)。無事に生還して今ここにいる、という幸せを大げさに噛み締めながら、たぶんすぐに眠りに落ちた。

 職人の汗と涙、ついでに怨念みたいなものまでこもってしまったかも知れないユキワリ。きっと鬼瓦のごとく、屋根を守ってくれる存在になるだろう。

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コメント: 2
  • #1

    杉原バーバラ (火曜日, 21 6月 2022)

    屋根職人がキコリまでやるたとは想像もできませんでした❗しかも「堀倒す」は初めて見る言葉。勉強になりました。
    体を大切に。

  • #2

    ぶんな (火曜日, 21 6月 2022 22:01)

    バーバラさんありがとうございます。ユキワリもいろんな手段がありますが、今回は掘り倒しました。当たり外れはありますが、一番シャープな印象を持つユキワリを整形出来る倒し方ではないかと思います。