vol.125 大安吉日

 新しい現場の始まり。ご家族がかわるがわる出入りしてはいるものの、普段はお年寄りの一人住まいのお家。「屋根が先かあたしが先か、まぁどっちもすっかりアカンのや。」と笑って話す声は、ご年齢のわりにはとても元気だ。

 ご家族と打ち合わせている段階で、工事に着手する日取りについて指定があった。出入りの都合があるのかと思ったら、その日が『大安』なのだそうだった。昔から屋根をいじる時はそうしてきたらしいから、今回も一応そうしようということになって…とのこと。小さな工事では珍しい。こちらが、襟を正される。

 当日は、工事開始前にごく慎ましく、清めの酒と塩が屋根に振り撒かれた。軒下に神札が掲げられ、安全無事に工事が完了することが祈念された。

 神主も祝詞もない、施主の息子さんと自分だけ。儀式めいた堅さのない数分。けれど逆に、形式ばってない分だけ、本物の願いが感じられる気がした。

 

 一服でお家に入れば、お施主さんの話が始まる。「仕事ってのはありがたいことやで、気張ってせなアカン。」「自分は人より苦労したなんて思ったらアカン。子は親の苦労見て育つんやで。」etc…

 時に厳しい表情を見せながら、ゆっくりと語られるお施主さんの言葉が心に響く。と、「お母ちゃんの講演もうおしまい!職人さんが仕事する時間がのうなってしまうで!」…ご家族の仲介で切り上がる。

 さぁ気張って仕事をせねばと屋根に上がると、「無理して仕事したらアカンで~、お茶に降りてや~。」と今度は頻繁に声がかかる。気張ったり抜いたりの、サジ加減の難しい仕事場だ…。

 そんなこんなで、やっぱり人が暮らす民家の現場は楽しい。気安さと、緊張感。適度に保ちながら、安全無事に工事を終えたい。