vol.98 落ちたユキワリ

 茅葺き屋根のてっぺんを飾る部材『ユキワリ(雪割り)』。両端がわずかに反り上がりを見せ、兜のようにてっぺんに鎮座している姿は、その家のシンボル的存在である。天然の木から削り出すため、家ごとに微妙に格好が違うのもまた面白い部分だ。

 もっとも、意匠が凝らされているとはいえ、ユキワリは決して飾りではない。屋根をじっくり眺めながらでなければチンプンカンプンかも知れないが、順を追っていくと・・・。

 棟(屋根の頂上部分)を雨から直接守っているのは、そこに被せている杉皮やトタンである。

 その杉皮をバタつかせないように押さえているのは、『カラミ』と呼ばれる横方向に2列配置されているヒノキの角材である。

 『カラミ』は一般的に、実は何も固定されていない。なぜ落ちてこないのかと言えば、カラミの上から縦方向に載せてあるX型の部材『ウマノリ』の凹型に欠かれた部分に、ピシッとはまっているからなのだ。画像を参考に言えば、7組のウマノリを仮に同時に持ち上げたとしたら、途端にカラミは下へ落ち始める。

 そして、その7組のウマノリを連結させているのが、ユキワリである。

 棟が老朽化してくると、カラミが腐って機能しなくなってくる。そうすると、台風の際などに杉皮やトタンが暴れ出すようになり、ひどい時には超重量のウマノリさえ持ち上げてしまう。風を受けたトタンなどが羽になってしまうのだ。

 ユキワリがしっかりしていたら、これは回避出来る。複数のウマノリが1本のユキワリで連結されることで、1ヶ所にかかる負荷を全体で受け止め、分散させることが出来るからだ。並べたドミノに1本の棒を接着したら、1枚1枚が倒れることがなくなるということと一緒だろう。

 

 しかしながら現実的に、ユキワリが欠損してしまっているお家は少なくない。とりあえずであれば、稲木干し用の杉丸太だって構わない。何せウマノリは連結させておいた方が安心なのは間違いない。

 

 今回お伺いしたお家では、腐朽したユキワリのカケラが徐々に落ち始めており、心配されていたらしい。茅葺き職人はもちろんその道のプロだが、あくまで依頼を受けて伺うもの。お施主さん自身が屋根の変化を意識していることは、実はとても重要なこと。大事を小事で済ませるチャンスは、そこにこそあるのだと思う。

 お施主さん自身が皮むきをしたというユキワリが、無事に棟上げされた。

 あっちを直せばこっちが気になる…を繰り返すのが茅葺き屋根。それは悲しいかな一生続く。茅葺きを所有する=子どもが1人増えたと思うべし、とは親方の言葉。お金、手間暇、心配事はつきない。

 だからこそ、自身の愛着が入ることは大きな意味を持つかも知れない。自分が刈った茅も一部混じっているとか、骨組みの竹は自分が切ったものだとか、棟の部材は自分の山から切り出したものだ…とか。

 職人の立場で、お施主さんに偉そうには言えない。けれど、どう転んでも世話のかかる茅葺き屋根。どうせならその中に、お施主さんの手型足型を残すのは面白いことではないかと思う。